低ノイズと高精度技術による消費電力とシグナル インテグリティの調和

ノイズを低減し、高精度を保つための技術革新は、医療、試験 / 計測といった高感度なシステムや、電気自動車 (EV) のバッテリ管理システムで、大幅な性能向上を実現します

11 7月 2023

2004 年夏、TI のスイッチング レギュレータ部門でシステム エンジニアを務めているSteve Schnier と彼のパートナーは、超音波検査で双子を妊娠しているという診断を受けました。ところがその数週間後、別の超音波検査を受けると、三人の子供を妊娠していることがわかり、彼らは驚きました。

Steve は、超音波システム内での信号への干渉が、今回のケースの背後にあった可能性を疑いました。

「私は医療用画像処理装置やワイヤレス インフラの業務に携わるまでは、ノイズと診断結果が関連しているとは思いませんでしたが、実際はノイズが大きな課題でした」と、Steve は語ります。三つ子として生まれた彼の子供たちは成長し、現在大学入学の準備をしています。

Steve があの超音波診断に驚いてから20 年近くの間に、技術は大幅に進歩しました。しかし、システムのノイズを低減する方法や、信号品質を向上させて高精度のシグナル チェーンを実現する方法を見いだすことは、さまざまな業界の設計エンジニアにとって、今もなお課題になっています。

ノイズがシステム性能に及ぼす影響を理解する

複雑な電源システムの動作において低ノイズは重要ですが、低ノイズを実現するのは非常に困難です。ノイズとは、すべての部品が生成する電気的な副産物であり、電磁干渉(EMI) や発熱など、複数の発生源から生じることがあります。ノイズは信号の劣化を招き、測定の歪みにつながります。その結果、誤差、計算ミス、解釈ミスを招く可能性があり、最終的にはシステムの精度や信頼性に影響を及ぼします。

またノイズが原因で、システムが温度変動や電圧変動といった外部からの影響を受けやすくなり、ノイズが増幅され、誤差が大きくなる可能性もあります。

医療用画像処理装置のような高感度なシステムで過度のノイズが発生すると、ぼやけた画像、または不正確な画像につながることがあります。ほかにもノイズは、試験 / 計測機器の精度と精密性に影響し、不正確な結果につながる可能性があります。

EVにおける高精度の実現

ノイズに関する課題は、安全性と性能を確保するうえで高精度の信号伝送が不可欠な電気自動車 (EV) の設計や、自動運転システムの開発に取り組む車載エンジニアにとって、特に重要です。

「パーキング (自動駐車や駐車支援) などにかかわる、安全性を要するシステムは高感度で、過度のノイズの影響を受けやすい一方、これらのシステムはEV 内部でノイズが生成される、大電力部品の近くに位置しています」と、TI の応用研究ラボであるキルビー ラボ (Kilby Labs) でパワー マネージメントリサーチのディレクターを務める Jeff Morroni は語ります。「TIのノイズを低減し高精度を保つ技術は、この課題に立ち向かいます」

繊細なシステムは、熱や物理的ストレスに起因するノイズに十分耐えるよう、堅牢性を高める必要があります。例えば、車がスピードバンプにぶつかる衝撃は、信号の精度に影響を与えるほどのストレスを発生させます。ノイズは自動運転システムの動作に影響を及ぼす可能性があります。また光検出と測距(LIDAR) システムでは、虚像(ゴースト)が発生する可能性があるため、誤った信号や画像を生成する可能性があります。もう一つの例として、リチウムイオン バッテリは、EV の進化を推進しますが、過熱すると不安定になり、安全上のリスクをもたらす可能性があります。

歪みを最小化し、ノイズを低減するパワー マネージメント製品は、信号伝送とシグナル コンディショニング チェーンで使用されています。これらの製品は、クリアな信号を実現するために不可欠であり、またクロック処理 IC や、高精度 ADC (A/D コンバータ) と DAC (D/A コンバータ) にも電力を供給し、低ノイズで高精度のシグナル チェーン全体を完成させることができます。

また、ノイズを低減することでEV の航続距離が延長されます。EV バッテリの電圧信号測定の精度が高くなるほど、1 回の充電で走行できる距離が長くなります 。TIの『BQ79718-Q1』のように、最小で数ミリボルト (1 ミリボルト:1mV は 1V の 1/1,000) を測定できる高精度バッテリ モニタとバランサにより、航続距離を大幅に延長できます。

「電圧の測定精度を向上させるだけで、10% から15% の航続距離の改善が見込まれます」と、Jeff は語ります。「これは、バッテリコストという点で、お客様への価値提案につながります」

低ノイズ技術の採用で設計期間を短縮し手頃な価格を実現

ノイズを最小化するには、シグナル チェーンを形成しているあらゆる要素を詳細に分析する必要があります。半導体部品は本質的に、ノイズを生成し他の部品の性能に影響を及ぼす可能性があります。ただし、パッシブ フィルタ、制御方式、他の独自のプロセス技術を活用することで、このノイズを「抑制する」ことができます。さらに低ノイズの LDO (低ドロップアウト) レギュレータ降圧コンバータ電圧リファレンスなどの電源関連のコンポーネントはシステムのノイズ低減に役立ちます。低ノイズ LDO には、集積度が高く、非常に高感度なアプリケーションにおいて、できる限り小さいノイズで精度の高い電源レールを供給できるため、数十年にわたって業界標準として使用されてきました。たとえば、TI の 『TPS7A94』には、市場で最小クラスの出力ノイズを実現し高精度の出力電圧と、非常に高い 電源除去比(PSRR) という特長があります。システム性能を低下させない、低ノイズの電源電圧レールを生成することができます。

一方、TI の 『TPS62913/2』 降圧コンバータ シリーズには、従来は電源電圧のレギュレーションで必要だった LDO を使用しなくても、電源アーキテクチャの中でノイズを低減することができます。これらの製品は、LDO に比べてノイズが多少増加することはありますが、スペースの節減とコストの削減、効率の向上、電力損失の低下、熱の問題の軽減を実現できます。

データ変換システムで、基本的なビルディング ブロックとして機能する電圧リファレンスも、ノイズ低減に関して重要な役割を果たします。電圧リファレンス製品は、シグナル チェーン内での誤差発生を避けるために、非常に優れた安定性が必要です。超高精度の電圧リファレンスであるTI の 『REF70』は、低ノイズに関して業界をリードするベンチマークを確立し、ADC から追加ビットをロック解除して高精度測定実現します。

「シグナル チェーン設計の基礎は電圧リファレンスです。開発に使用する ADC から DAC まで、すべてのコンポーネントが電圧リファレンスの生成電圧を基準にする必要があるからです」と、TIの電圧リファレンスとスーパーバイザーのリーダーを務めるKatelyn Wiggenhornは語ります。「ノイズを低下させることは重要です。大量のノイズが発生する場合、システムの測定値が仕様の範囲外になる可能性があるからです。その場合は、システム全体をオフライン状態にし、デバッグとキャリブレーションを実施する必要があります。キャリブレーション サイクルを延長できると、より多くのスループットと短いダウンタイムを実現でき、お客様に多くの価値を提供できます」

ノイズは、電源アーキテクチャの必然的な副産物ですが、低ノイズと高精度に関連する TIの技術を活用することで、業界をリードする高い精度、フットプリントの小型化、コストの削減を実現するシステムを設計できます。

「多様なアプリケーション分野の高感度なシステムに、ノイズは大きな影響を及ぼす可能性があります。三つ子の父親、そしてエンジニアという両方の立場を経験してはじめて、私はそのことを理解しました」と、Steve は語ります。「これまでの 18 年のうちに、ノイズの低減に役立つ技術開発の長い道のりを歩んできました。それでも、依然としていくつもの課題が残っています。TI の継続的な革新は、エンジニアの課題解決に役立ち、システム性能の大幅な向上につながります」